人生は
太く短く生きようが、
細く長く生きようが、
どちらも生きて死に行く事に変わりは無いというのがオイラの死生観でありまっす。
旧愚ブログや、現在の愚ブログでもちらっと書いた(ここ)友人のピアノ弾き(アマチュア)とは12年ほど会っていないのでっすが(故郷である某県に戻ってしまったため)、今日の午前中に奥方から彼が先週急逝したとの連絡がありまっした。
急性心筋梗塞だったらしいのでっすが、年齢はオイラより3つ上だったのでまだまだ年齢的には若いわけでね。
大変残念ではあるのでっすが、どちらかと言うと波乱万丈であった彼の生き様は正に“太く短く”だったと個人的には思うておりまっす。結果的には本人もやりたいことをやり、初志貫徹出来たんぢゃないかなぁ・・・。
生まれてくる時も死ぬる時もその瞬間はひとり
っていうのもオイラの死生観の1つでございまっす。
えっ?と思われる方が多いと思ふのでっすが、冷静に考えまっすと母親の産道から出てくる時も、多くの人々に見送られながら死ぬる時であっても、その瞬間は己という個しか存在していないんだねぇ。
そこには当然ながら神や仏も存在しないし、となれば宗教が介在することも有り得ぬわけで。
人間なんてどんなにエラソーな事を言っても、所詮は地球という星に生まれた生物以外の何物でもないのよん。
と、相変わらず刹那的なオイラなのであった・・・。

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