
オイラは基本的にちゃんとした朝食は摂らぬのでっすが(SAVASを飲んでおる)、時たま無性に駅そばが食べたくなっちゃうのね。
今朝もJR池袋駅に着いて頭に“駅そば”のイメージが浮かんだ途端、
駅そば食いてぇ~~~~っ!
というモードに入ってもうて、駅ナカの

で、“かき揚げそば”を喰ろうてもうた・・・。美味かった・・・。
さて、恐らくほとんどの方が一度は楽器を演奏したことがあるかと思いまっす。
オイラも振り返ってみれば、幼稚園~小学校~中学校でピアニカ、ハーモニカ、リコーダーを音楽の授業で演奏しちょる。
まぁ、リコーダーに関しては小学校時代はトラウマの対象でしかなかったけんどね・・・。(その話はここ)
んで、オイラの場合はその後、ギターにハマってもうて、それが昂じて楽器店店員にまでなってしまった・・・。
が、両親、数多くいる親戚の中で現在、何かしらの楽器演奏を趣味にしている者はオイラと愚妹以外誰もおらぬ・・・。不思議ぢゃ。
以前、親戚の子の結婚式で
◯ちゃん。むがさり(注:結婚式)でギター弾いでぐれね?
と、母方の山形県酒田市在住の祖母に懇願されて渋々演奏をした話を書きまっしたが(ここ)、実はオイラや愚妹が現在でも楽器演奏を趣味とするに至るルーツを辿ると、この祖母に行き当たるのでございまっする。
祖母は大正も初めの生まれでござんす。
オイラは祖母の成人式での写真を見たことがございまっするが、当時、界隈で“◯◯小町”と称されるほどの器量よしだったそうで、確かに写真に写る祖母は孫の贔屓目ではなく、それはそれは見目麗しい美しい人でござった。
祖母の生家は所謂、豪農でありまっして、下世話に言えば大変なお金持ちだったそうなのな。
で、祖母は子供の頃になんとヴァイオリンを習っていたというお嬢様でござった。初めてこの話を母から聞いた時は信じられんかったわ。
大正時代、しかも、大変失礼ながら山形の田舎の豪農とはいえ時代を考えまっすと、ちょっと考えられんくらいの境遇でござんす。
さてさて、結婚式が無事に終わった翌日。祖母が
◯ちゃん。婆さまになんかギター弾いでけろ。
と曰うので、タレガの“アルハンブラの思い出”とか、童謡、唱歌などを弾いたらすんごく喜んでくれて、そうしたらいきなり
だば、婆さまもハーモニカ吹ぐべが。
と、言うや否や小物入れから徐ろにハーモニカを取り出すと、ものの見事にタングブロック奏法1を駆使して曲を吹き始めたもんでっすからクリビツテンギョウっ!思わずのけぞった・・・。
昔はもっと上手ぐ吹げだのだげどねぇ・・・。
と、謙遜しておりんしたが、いやいや、オイラは取りあえず衝撃で口があんぐり状態だったっすわ。
オイラが未だにすちゃらかなギターを弾いているのは、この祖母の遺伝子をしっかり受け継いだからだと確信しておりまっする。

いいおはなしですなあ(涙)
yannakaさん
コメントをいただき誠にありがとうございまっす。
孫が言うのもなんでっすが、実に可愛い婆ちゃんでありまっした。
オイラが物心ついた頃はいい歳でっしたから、若い頃の美しき面影はなく、晩年の田中邦衛さんのイメージに近かったっす。(おいおい)