オイラが一年に一度は必ず観る映画シリーズ第11弾~火垂るの墓(アニメーション版)

(注:上の音源はYouTube本家でお聴きいただけまっす)

本日、8月15日は日本では終戦記念日でありまっす。

オイラは戦後から20年を経た昭和40年(1965年)生まれでっすから、当然、戦争を知らない世代でありまっす。

2023年現在、オイラのように戦争を知らない世代は全人口の8割を超えているそうでっす。ある意味、それだけ日本は仮初めではあっても平和だということの証左でありませう。

当時、父は5歳、母は3歳でありまっしたから、戦争の記憶は薄っすらとしか無いと申しております。

ただ、父は茨城県の比較的千葉に近いところの出身でありましたため、あの東京大空襲があった日は東京方面の空が紅く染まっていたのをハッキリと覚えているそうでっす。

さて、野坂昭如さんの自伝的小説、“アメリカひじき火垂るの墓”は1967年に直木賞を受賞されまっした。

そして、皆様ご存知のとおりこの原作が、1988年に高畑勲監督によるスタジオジブリ作品としてアニメーション化され公開されまっした。

オイラは公開初日に観に行ったのでっすが、赤面するほど号泣してしまったっけ・・・。宮崎駿監督による“となりのトトロ”と併映ぢゃなかったら、ちょっとヤバかったかも知れぬ・・・。

テレビでは公開翌年の1989年を皮切りに大体8月に放送され続けておりまっしたが、2018年に高畑勲監督がご逝去された追悼として放送された13回目以降、この5年間一度も放送されていない・・・。何故か?

一説には視聴率が悪いからと言う理由らしい・・・。これが本当だとしたら実に嘆かわしい・・・。

確かにこのアニメーション版は原作以上に救いようのない物語なんですけど、実はいわゆる反戦映画ではないんだよね。

戦争を知らない世代が偉そうなことは言えぬのでっすが、ここに展開される物語はあの当時、同じような悲惨な出来事が日本中のいたるところでリアルに存在していたはずで特別なお話ではないでせう。

ただ、実写、アニメーションに関わらず戦争に関連する映画はどうしても視聴する側の多くがシンプルに悲惨な描写に衝撃を受けてしまい、その内容によっては“二度と観たくないトラウマ映画”というレッテルを貼ってしまうのも確かでござんす。

これは先日ちらっと書いた“はだしのゲン”も同様だと思いまっする。

な訳で、なかなかテレビで放送されなくなってしまったのもあって、オイラは年に1回DVDで8月に観賞しておりまっす。

昨日は定休日でしたのでゆっくり観賞しまっした。これまで何十回も観ているのにやっぱり涙を禁じえないなぁ・・・。

オイラにとってこの映画の一番辛いシーンは、清太と節子が止むを得ず叔母の家を出て防空壕を塒に暮らしている場面でありまして、戦争が終結して程ないある日、池を挟んだ対岸にあるいかにもお金持ちの立派な家に、疎開先から帰省してきた明らかに良家の子女と思われる娘たちが喜びに満ち溢れながら、「あぁ、やっぱり我が家が一番っ!」的なノリでこれまで聴きたくても聴けなかったであろう、“Home! Sweet Home!(埴生の宿)”を蓄音機で流すシーンでありまっす。

本編で使用されたAmelita Galli-Curci(アメリータ・ガリ=クルチ)の“埴生の宿”。

個人的にはこの映画で一番残酷なシーンだと思ふのでありまっす。

終戦間もないあの時期にあって雨露を凌げる立派な“楽しき我が家1”があり、食べ物にも困らぬであろう彼女たちの輝ける未来と、劣悪な環境の防空壕で暮らし、その日の糧を得るのにも四苦八苦している少年と幼女のお先真っ暗な未来という残酷な現実との対比。

いつもこのシーンを観ると何とも言えない気分になりまっす・・・。

更に追い打ちをかけるのが、冒頭とエンディングのシーン。

いずれもこの物語の語り部である亡霊となった清太の無表情の顔のアップシーンがあるのでっすけど、その目は明らかにカメラ目線で現代の観客に向けられているんでっすよね・・・。オイラは耐えきれなくなって、いつも無意識に目線を外してまう・・・。

さて、この作品で音楽を担当しているのは日本を代表する作曲家、間宮芳生先生なのでっすが、冒頭音源はエンディングで流れる“ふたり~エンディング”という曲でっす。

ルーマニアのパンフルートの大巨匠、Gheorghe Zamfir(ゲオルゲ・ザンフィル)が奏でるパンフルートの音色が良い意味でヤバくてでっすね、ほぼ毎回、エンディング・テーマが流れてきた瞬間に大号泣と相成りまっす・・・。

それでもやはり、この映画は折に触れて観るべき作品だと思うちょりまっす。オイラは今後も一年に一度は観賞し続けるでっしょう。

今日の記事は旧愚ブログでも同様の事を一度書いておるのでっすが、今回は意を決して、ある意味オイラのアキレス腱でもある“ふたり~エンディング”の冒頭部分を少しだけソロ・ギターにアレンジしてみまっした。

楽譜はこんな感じでっす。

あぁ・・・。自分で弾いてみても泣けるわ・・・。

脚注

  1. “埴生の宿”の別名なり。“埴生”は本来、“貧しい粗末な家”という意味なので、深読みすればこれは清太と節子が暮らす防空壕も意味しているのかも知れまっせん。もしそうだとしたら、高畑勲監督の慧眼恐るべし。

Luzia

【源氏名】
Luzia(♂)

【本業】
都内某楽器店でカリスマ店長のフリをすること。

【嗜み】
すちゃらかなギターを弾くこと。

【趣味】
読書(末期の活字中毒者)、たまに映画を観たり、ゲームをしたり。

【特技】
土下寝、妄想、妄執、迷走、酒池肉林。

【資格】
A級穀潰師、超弩級竿師、Luzia流天手古舞&きりきり舞い家元。

【血液型】
絵に描いたようなB型。

【星座】
天秤座。稀に便座。

【不具合】
肛門括約筋が活躍しないことがある。

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【愚ブログについて】

2009年7月某日から2022年8月3日に渡ってやっていたブログ、“土下寝で昼寝~すちゃらかギター弾きの妄執~”を理由あってデータベースごと消滅させてしまい、同年8月10日に装いも新たに再開したブログでっす。ギター(ジャンル問わず)、音楽(これまたジャンルを問わず)、その他に関して書きまくりてぇ~っ!と思った時に支離滅裂に駄文を垂れ流しまくる、毒にも薬にも世の中のためにもならない愚かなブログでっす・・・。

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