
告白しまっす。オイラが初めてお酒を飲んだのは0歳の時でっす。
まだ20代半ばだった父親が酔った勢いでビールを飲ませたら、“ごきゅんごきゅん”と実に旨そうに飲んだそうでっす。で、全然酔った感じにもならなかったそうでっす。もちろんその後、母親にこっ酷く怒られたことは言うまでもない。(当たり前やな)
客観的に見ましたら乳児虐待になりかねない行為でありまっす。良い子は決して真似をしてはいけませぬ。
今でこそほぼ毎日何かしらの酒を少量嗜みまっすが、10数年前までは飲み会くらいでしか酒を飲まかったワタクシ。
が、自分で言うのも何なんでっすけど、酒は強いのでありまっす。
ちゃんとツマミやら食べ物を摂取しながら飲みまっすと、いくら飲んでも顔が赤くなることもないし、滅多に前後不覚に陥ることも無いのでありまっす。
ただ、大学時代のある時、酔った勢いで危険な事をやらかしてもうた・・・。
これは旧愚ブログでも書いたのでっすが、ほぼ40年前の愚行ではありまっすけど、自戒の念を込めて今一度書きまっす。
あれは2回目の大学3年生(謎)が確定した春休みのことでっした。
5月に開催される千葉4大学合同ギター演奏会で弾くためのフラメンコ曲の自主練を、後輩N君とギター部の部室ですることにしたのねん。
今はすんごくキレイになったけど、当時、部室のあった学生会館はめっちゃ古く、且つ、汚く、一見すると昭和初期の監獄みたいな雰囲気ぢゃった・・・。
で、学校自体は春休みになっちょるので部室内の暖房は切られておったのよ。
3月のことでっすから、まだまだ部室内は寒いわけっすよ。なので2人ともブルブル震えながら練習をしておりましった。
当然ながら指がかじかんでもうて思うように動かぬ・・・。んで、オイラは少しキレ気味に
酒でも飲まねぇとやってらんねぇ~っ!
と叫ぶと、部室内に結構残っていた“サントリーレッド”を紙コップで牛飲しながら練習し始めたのねん。
もちろん、ツマミなどという上等なものは無いっすから、空きっ腹に酒を流し込んだ結果、
かなり泥酔・・・。
後輩N君はオイラと違い真面目でっしたから、ほんの少量しか飲んでいなかったっけ。
流石にベロンベロンになってもうたオイラは
もう、練習止めようぜ・・・。
と身勝手なことを曰い、帰宅することにしたのであった。
んで、階段を降りている際(ちなみにギター部の部室は最上階の5階にあった)、階段の踊り場に張られている張り紙が目に入り、よく見るとほとんどが古い役立たずな告知ばかりで、
いつまでこんなもん張ってんぢゃいっ!
と何故か無性に腹立ちモードのスイッチが入ってしまったオイラは徐ろにライターを取り出すと、その張り紙に火を付け始めたのであった・・・。5階~1階まで全てにね・・・。
後輩N君は
○、○○さんっ!ダメっすよ。ヤバいっすよっ!
と必死に止めにかかったのでっすが、泥酔&腹立ちモード全開のオイラは
るせいっ!
と突き放し、
明日はちゃんと練習しようぜっ!
と言い残し、悠々と帰宅の途についたのでありまっす・・・。
おいおいおいおい・・・。これは完全に放火だよね・・・。犯罪だよね・・・。江戸時代だったら、下手したら火炙りの刑に処される所業でっすよね・・・。
翌日、学校に行くと学生会館は何事もなく鎮座しておったのでっすが、何やら大勢の大学職員の方々が入口に屯しておりまっした。
んで、オイラは
どうしたんすか?
と一人の職員の方に声をかけると
学生会館の踊り場の張り紙が燃えてねぇ・・・。
まぁ、シンプルに紙が燃えただけで済んだけどさ、
一体、誰の仕業なんだろう・・・。
と仰った・・・。
さて、オイラはその時どうしたか?
へぇ~。怖いっすねぇ・・・。
しれっと応えたのであった・・・。
とは言え、猛省したオイラはその後、空きっ腹で酒を呑むのは完全NGにしたことは言うまでもない。
今思い出しても、ちょっとブルッちまいます。学生会館が頑丈なコンクリート製でホントに良かったと思ふ。
酒は飲んでも飲まれてはいかんぜよ・・・。

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