
店の庭(大層なものではないっす)に棕櫚が植わっておりまっしてね、そこにつる草が侵食しているんでっすわ・・・。
あぁ~、タイガーホース(トラウマと言いたいらしい・・・)が蘇る・・・。(理由は後述)
Googleレンズでこのつる草をググったら何と・・・
“屁糞葛(ヘクソカズラ)”
というお答えが・・・。
いくらオレサマが変態ではあっても、手折って匂いを嗅ぐ勇気はない・・・。そもそも、つる草はオイラにとっては恐怖の対象でしかないのだから・・・。
これは旧ブログにも書いたのでっすが、自分史上最も痒い思いをした経験談を再度書きまっす。
もう何年前になるのだろうか?3.11の前だから10年以上前になるのだな。
今は更地になってソーラーパネルで埋め尽くされているオイラのパピーの生家。所は茨城県稲敷市の江戸崎という町にございまっするす。
1985年~1986年に祖父母が立て続けに身罷り、結果的にこの生家は空き家になってもうたのでっすが、その後、家は残したまま長男であるパピーが維持をしておりまっした。
2011年1月。あの東日本大震災が起こる2ヶ月前に遂に更地にして現在に至っておりまっす。
その前年の秋に関東地方を台風が直撃したんすが、その時に庭に植わっていた棕櫚が折れて隣家の田んぼに落ちてしまったのな。それを親戚が知らせてくれたのよ。
で、この隣家っていうのが昔っからちょっと煩い人、つまりメンドイ人だったもんでっすから、グダグダと文句を言われる前に撤去するべいと過日、パピーとともに江戸崎へGO!
あの頑丈な棕櫚が確かに根本からポッキリ折れて隣の田んぼに落ちておった。やはり、台風の風は侮れぬ。にしても、米の刈り取り前だったらえれぇことになっていたかもしれぬ。
早速、撤去作業に移ったのでございまっすが、まぁ~重いのなんの・・・。大の男が2人がかりでもうんともすんとも言わねぇ・・・。
これはいくつかの部位に棕櫚を切るしかねぇなということになり、実は小型のチェーンソーがあったので5分割くらいに切断して分けて何とか撤去をしたのでございまっす。
んで、他の諸々の作業も終了してやれやれと帰宅の途についたわけっすが、なんか車を運転している途中からオイラの右手が妙に痒くなってきて、最初は蚊にでも刺されたと思うたのでっすが、家につく頃には尋常ぢゃないくらい痒くなり悶絶。
翌朝、目覚めるとオイラの右手の親指から手の甲、手首にかけて稲妻のような形でミミズ腫れが出来ており、痒さは前日よりも倍加しておった・・・。
店の近くに開院したばかりの皮膚科が出来たのを思い出し、見た目がとにかくキモいので手袋を嵌めて早めに出勤。
出勤途上で更に痒みを増すオイラの右手指・・・。秋だというのにだらんだらんだらり~のと汗を滴らせてY皮膚科に飛び込んだと思いねぇ。
幸い5分ほどで診察と相成り、実はカクカクシカジカと事の経緯を説明しながら手袋を外すとお医者様は開口一番、
あぁ、漆かぶれだねぇ~。
と曰われる。
「い、いや先生っ!オイラは漆なんか触っちょりまっせん。触ったのは棕櫚っすっ!」と体を悶絶クネクネさせながら訴えると、やおらお医者様は机上の植物図鑑を手に取り、「こんなつる草が棕櫚に巻いてなかった?」

と笑みを浮かべつつ曰われた。
オイラは一瞬痒みも忘れ、記憶の引き出しを引っ掻き回すとピンポーンっ!
巻いちょりまっした巻いちょりまっした!
と無駄に2度も叫んだのであった。
「これはね“蔦漆(ツタウルシ)”っていうの。めっちゃ痒いっしょ?」と相変わらず楽しそうにニヤつくお医者様。
一瞬殺意が湧いたが、お医者様に「こういう作業をする時はゴム手袋を嵌めてやんなきゃ。漆ぢゃなくてもかぶれることもあるよ」と諭されて猛省。
そう。確かにオイラは何も考えず素手で作業しておったもの。そう言えばパピーはゴム手袋嵌めてたな・・・。
塗り薬と飲み薬を処方されたのでっすが、いやぁ~、現代のお薬はゴイスーでっすね。痒みはほぼ1日で終息。が、ミミズ腫れの痕は1ヶ月近く残ったけ。
2022年本日現在。あの時の痒みを超える経験はなし。あぁ、今思い出してもゾッとするわぁ・・・。

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