
今日は某県にお住まいのお客人から楽器に関するご相談のお電話があり、色々とお話を伺っているうちに気がついたら
1時間50分・・・。
も、話し込んでしもた・・・。
という訳で、今日も昼飯を喰らう時間が無くなってもうたので、もう帰りまっす!(不良みせおさの愚痴)
にしても、今回のお話に出てきた某ギター製作家やその弟子、その楽器を扱っている某楽器店の対応のお話がほんとヤバくて、もしこれがオイラ個人に対するものだったら、十中八九ブチギレて大変なことになっておったであろう。(まぁ、多くは語りますまい・・・。てゆ~か、書けぬわ・・・)
さて、純粋に思い出したくもない痛みの体験のお話で申しまっすと、2023年1月15日に書いた“自分史上最強の痛みの経験は未だこれを超えるものは無し”が文字通り最強なのでっすが、思い出したくもないということで言えば、旧愚ブログにも書いた今回の件もこれに匹敵する痛いお話でございまっす。
かなりエグいお話なので、この手の話が苦手な方は離脱して下され。
あれは中学2年のある日の事でございまっす。
当時、オイラはJR小岩駅前にあった学習塾に夕方、友人数人と通っておったおでっすが、19:00になり小腹が空いたので塾の窓から下を見下ろすと、大変珍しいと思いまっすが、
“大学芋”の屋台
が出ておりまっして買いに行こうぜっ!という事に相成りもした。
この“大学芋”の屋台は注文が入ると“芋”を揚げてくれるので、いっつもアツアツ出来立ての“大学芋”を食せるので小岩界隈では大変有名でござった。
なわけで、腹を空かせたオイラたちは教室を飛び出し、もの凄い勢いで階段を駆け降りておりまっしたら、バランスを崩してコケかけたオイラはとっさに左手を伸ばして落下を避けようとしたのでっすが、その階段は冒頭写真のように階段の手摺に菱形のアクリル板がハマっておりまっして、が、その塾の階段はこの写真ほどアクリル板が大きくなく、一回り以上は小さなものだったため、とっさに出した左手で赤丸印の部分を思いっきり握ってしまったのでありまっす・・・。
その瞬間は
ビリリっ!
っていう感じで左手親指と人差し指の間の所謂、
水掻き部分
が裂ける不穏な音がオイラには確かに聞こえまっした・・・。
結局のところ派手にコケたオイラなのでっすが、直ぐに立ち上がり左手を見ると、水掻き部分がまるで肉の断面図のように見事にパックリと裂けておりまっした・・・。
茫然自失のまま傷口を観察したのでっすが、不思議なもので10秒位は全く出血もなく、ただただその肉の断面が晒されておりまっしたが、徐々に痛みが襲ってきて、脈動を感じるようになった途端、たちまちスプラッター映画の如くドバッ!と
大出血っ!
友人たちもパニックになり、そのうち、「どうしたどうした?」と塾の事務の方やら講師の方が集まりだし、「こ、これは大変だっ!」という事になり、近くの病院へと連れて行かれたのでっした。
偶然にもその外科医院は、オイラが幼少の頃に何度かお世話になった医院でありまっして、早速先生に傷口を見せると
う~ん、これは場所が場所だけに縫えないなぁ・・・。
うん!絆創膏を貼ろうっ!
というお見立てでございまっした・・・。
絆創膏と言っても“バンドエイド”のようなヤワな物ではなく、もの凄く丈夫で強力な絆創膏でありまっして、一旦それで傷口を塞ぎ、その上からみっちりと包帯を巻かれまっした。
治療はたったそれだけで終わってしまったのでっすが、「明日、消毒をするので必ず来院せよ」とご下命を賜ったオイラ。
その日の夜はめちゃんこ左手が痛くて寝られんかったっす。
んで翌日、言いつけを守って外科医院に赴いたのでっすが、消毒をするということは一度、絆創膏を剥がさなきゃならないわけで・・・。
前述した通りかなり強力な絆創膏でありまっすから、その粘着力はパネェのでありまっす。
ぢゃ、一気に剥がすからね!相当痛いけど我慢してね!
という言葉が言い終わらぬうちにベリっ!と剥がされたんすけど、
んぎゃぁ~~~っ!痛ぇ~~~~~~っ!
凄まじく痛かったすよ・・・。正直、泣いたよオイラ・・・。そりゃ、泣くよ・・・。
完全に傷口が塞がるまで2週間ほどかかったっす。
現在のオイラの左手の該当部分はこんな感じっす。

写真だと分かりにくいのでっすが、赤丸印のところにクッキリと白い線が今も残っておりまっす。
ギターを弾くのに全く支障は無いのでっすけど、左手を思いっきり広げようとしまっすと、今でもこの部分は突っ張った感じになりまっす。
あれからもう、45年かぁ・・・。(黄昏)

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