
今回のお話は旧愚ブログの初期に書いたものでっす。今でも時々この時の事を思い出しまっす。なので、またまた回顧いたしまっす。
オイラが小学生の頃、放課後にガキンチョどもが校庭や公園に集まって遊ぶスポーツの断トツ一番人気は野球でござった。(ちなみに2番人気はドッチボールだったな)ちょっとした時間にプレイするわけでっすから、いわゆる“ビニールボール”を手で打ってやっていたなぁ。(懐)
で当時、町内の子供会に野球部があって、実はオイラも小学3年生あたりから入部いたしまっした。
同級生のほとんどが入部しておりまっして、もちろんユニフォームもありまっしたし、格好だけは本格的でござんした。
ちなみにオイラは巨人の新浦壽夫選手のファンだったので、背番号を新浦選手と同じ29番にしておりまっした。(オイラの誕生日は9月29日なのでより親近感が湧いたな)
んで、オイラは当時から大柄で力だけはありまっしたので(野球のセンスは皆無)、基本的にピッチャーをやることが多かったな。だもんでっすから、小学生のガキンチョにしては結構速い球を投げておりまっしたが、いかんせん絶望的に
ノーコンっ!
でっした・・・。
力任せに投げていたので一時、野球肘になってしまったこともございまっす。その時はキャッチャーをやっておったっけな。
そんなこんなで6年生になり、卒業前の最後の試合に同級生もほぼ全員出場いたした。
前日の土曜日は雨降りだったのでっすが、翌日曜日はピーカンっ!絶好の野球日和でございまっした。
しかしながら、前日の雨でグラウンドはかなり凸凹に荒れておりまっした。が、乾いてはいたので特に整備をすることもなく試合が始まりもした。
で、オイラのチームが先攻で珍しくオイラは初打席で結構いい感じのヒットを打ったのねん。一塁ベースを踏み、そのまま二塁へと爆走っ!滑り込んでセーフっ!その途端、オイラの右足首に
激痛っ!
が走ったのでございまっする。
上述のとおり、グラウンドがかなり荒れていたので凸凹の部分にどうやら踝の部分が引っ掛かって捻挫してもうたの。
正直痛かったっすけど、直ぐに立ち上がって3塁方向へリードを取るために右足を踏み込んだら
全く力が入らず倒れ込んだ
のでございまっする。
そしたら今度は全く立てなくなってしまい、
これはなんかヤバイんぢゃねぇか?
と、試合を見に来ていたオイラの両親、同級生の親御さんたちが騒ぎ始めた。
不幸中の幸いだったのが、この日見学に来ていた同級生O君の親父さんは当時、整体師をされており直ぐにオイラの右足首の状態を診てくれたの。んで、
あぁ、これは捻挫だね。大丈夫っ!
と太鼓判を押してくれた事でっす。
オイラはさすがにプレイ続行は無理だったので、取りあえずベンチに下がって観戦をしていたのでっすが、時が経つほどに痛みが増し、右足首も尋常ぢゃ無いくらい腫れ上がってきてしまいまっした。
ここに至って、
これはやっぱり折れているんぢゃねぇか?
ということになり、上述のO君の親父さんが良く知る、日曜日も開業している立石にある接骨院に連絡をしてくれて、オイラは両親とともにタクシーで向かいまっした。
その接骨院の先生は立石界隈はおろか全国的にも知られる名医との事で、当時かなりご高齢の先生でしたが、オイラの右足首を一瞥するや否や
あぁ。きれいに折れてるね。
と宣いつつ、オイラの右足首をグリグリと回し始めまっした。まぁ、痛ぇのなんの・・・。悶絶しまくったわ・・・。
で、レントゲンを撮ると右踝の下の骨が絵に描いたようにポッキンと折れちょった・・・。
んで、おぢいちゃん先生曰く、「石膏のギプスで固定すると回復は早いけど、後遺症、つまり冬になると痛むとかの症状が出たりするからね、うちの病院では昔ながら治療をするからね」と、右足裏から脹脛あたりをL字の金具をあてがって包帯でぐるぐる巻にするだけのシンプルなギプスが採用されまっした。
さて問題は明日から学校に登校せねばならぬ事でありんす。
木製(!)の松葉杖を提供され、取りあえず最初の1週間は母親にちゃりんこで送り迎えをしてもらったな。以降は、松葉杖をついて皆と一緒に登校しまっした。
一番困ったのがトイレでござったなぁ。
っていうのも当時、学校もうちのトイレも和式だったの・・・。ビッグベンをいたす時の体勢はご想像にお任せいたしまっする。
その後、週1回、立石までバスで通院し、おぢいちゃん先生に「うん。完治したね。通院は今日でお仕舞っ!ご苦労さんだったねぇ」と言われたのが、骨折からちょうど100日目でござんした。
完全にギプスが取れた時の清々しさたるや、何とも気持ちよかったなぁ・・・。、左足の筋肉がすんごく発達し、右足がえれぇ細くなっていて笑っちまった。
あれから40数年経つのでございまっすが、おぢいちゃん先生の言うとおり後遺症は全く無し。時間はかかったけれど、ほんと感謝でござんす。
【追記】
これも旧愚ブログに書いたことがありますが、もう一つ常軌を逸した骨折話を。
社会人となり、現在の楽器店に勤務して数年後。
当時は実家暮らしだったのでございまっすが、起床して1階のキッチンで朝食を摂ろうと椅子に腰掛けようとした刹那、椅子の脚の部分に右足薬指部分をしたたかに打ち付けてしもたのな・・・。
金属製でかなり重たくガッチリした椅子だったもんでっすから、「い”でぇ”~~~~~」と雄叫んだ。
悶絶しながら朝食を片付け、いざ出勤しようと玄関に向かいまっしたが、何と靴が履けぬほど痛く、「こ、こ、これは折れちまったか・・・」と絶望に至り、取りあえずサンダルは履けたので会社に今日は遅刻する旨を告げ、取りあえず実家近くの接骨院にチャリンコで向かったと思いねぇ。
で、直ぐにレントゲンを取ってもらったのでっすが、右足薬指の脇がマッチ棒の先くらいの大きさで陥没しているとの診断でっした・・・。
「ギプスで固定は出来ないので、応急処置として湿布だけいたしましょう」と相成り、3日後にまた来て下さいと言われまっした。で、オイラはそのまサンダル履きで出勤。
その日はやっぱり痛くて若干歩行困難でござんした。が、翌日は昨日の痛みが嘘のように和らいでおって、3日目に至ってはほとんど痛みが消えておりまっした。
約束どおり一昨日訪れた接骨院に行ったのございまっするが、オイラが「先生っ!なんかほとんど痛くなくなっちゃったんでっすけど」と言うと、念のためもう一度レントゲンを撮ってみましょうという事になりまっした。結果、
全快
だった・・・。
一番驚いていたのは先生で、一昨日撮ったレントゲン写真と当日取ったレントゲン写真を矯めつ眇めつ見比べて「えぇ~~~、こんな事あり得んのだけど・・・」と仰っしゃり、「も、もし○○さんが宜しければ、細部に渡って骨を調べさせてくれませんか」と懇願される始末。
これは丁重にお断りしたのでげっすが、この件は今もって謎のままでございまんするす。

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