今朝方の地震で覚醒された方も多かろうと思います・・・。東京は震度3でございましたね。
12年前の2011年3月11日。未曾有の被害を生んだ東日本大震災が発生。早いもので今日で丸12年経ってしまいました。
ですが、あの日のことは昨日のことのように覚えております。今日は土曜日ですが、あの日は金曜日でございました。
旧愚ブログで当日、翌日、その後について様々な事をリアルタイムに綴りましたが、今後もあの日のことを忘れぬよう、発生当日の僕の行動を記録しておこうと思います。
公式記録では地震は14時46分18.1秒に発生いたしました。
現在、僕は金曜日に公休を取っているのですが、当時は火曜日でしたため当日は通常どおり仕事をしておりました。店の教室もギター、リコーダー、チェンバロの3クラスがいつものように開講。
揺れが始まった時、僕はちょうど先代社長と店内で話をしておりまして、その揺れが徐々に激しくなるに従って「こ、これはヤバイ・・・」と直感し、そのうち立っているのも困難なほどに揺れ始めたため、僕は咄嗟にCD棚を押さえました。
店内には楽譜棚、楽器展示棚もあるわけですが、程なくして楽譜、書籍、CDが床に落ち始め、「ギターは大丈夫か???」と棚に目をやった途端、1本のギターが床に落下・・・。
「あぁ・・・。これは絶対に板が割れたな・・・」と即座に諦念し、とにかく揺れが収まるのを待つしか術がなかったです。
ようやく揺れが収まり、まずは教室の先生、生徒さんの安否を確かめ、その後、店内に散乱した商品を整理し、件の落下したギターを確かめたところ、奇跡的に打ち傷一つなくてホッといたしました。
いずれにしろ万が一の事を考えて教室は休講とし、お店は取りあえず開けておくことにしました。
その後、インターネットやテレビ等で情報を収集しつつ時を過ごしたのですが、時間が経つにつれ東京が震度5強、宮城北部が震度7、宮城県、福島県、茨城県、栃木県などでは震度6強という震度を記録し、特に東北地方に甚大な被害が出ていることが判り慄然としました。
東京の状況も徐々に明らかになり、電車等の交通網はほぼ機能していない事が判明したため、先代社長、経理担当者、当時の店長、入社して間もない新人さんは会社(店)に宿泊する事になり、僕は自宅までの総距離が20Kmほどなので大したことはないと思い、また、実家が心配だったのもあって午後7時に徒歩で帰宅する事を決意して店を出発しました。
その時点では「蔵前橋通りまで出ればタクシーに乗れるだろ」というお気楽な心持ちだったのですが、現実はそんな甘いものではなかったですね。皆様ご存知のとおり、車という車は全くと言っていいほど動いておりませんでしたから・・・。
歩道も僕と同じように徒歩帰宅を決意した人々で溢れかえっていました。道々、目に入るスーパーマーケット、コンビニエンスストアに入店するも食料品はパン一つさえも入手出来ませんでした。
今日は初夏か?と思うほど暖かいですが、12年前の夜はとても寒かったです。
そんなこんなでそれほど疲労感を感じずに亀戸を過ぎ、最初の難関である平井大橋を渡っておりましたら、川風が凄まじくて一気に体温を奪われ、橋を渡り切る頃になると急激に足が重くなってきて、新小岩~小岩間にいたってはほとんど足を引き摺るような状態で歩んでおりました。
ようやく小岩まで2Kmほどのところまでやって来て、まずは葛飾区某所にある実家に向かいました。時刻は既に午後の11時を回っておりました。
実家は静まり返っておりましたが、外観的に特に問題はなかったのでそのまま自宅へと向かいました。残りはあと1Km・・・。
午後11時45分、自宅に到着。
予想はしていましたが、エレベーターは完全に止まっており、5階まで非常階段を気息奄奄、唸り声を上げながら昇って玄関着。息を整え、果たして部屋の中はどうなっているのだろうと一抹の不安を覚えつつドアを開けると・・・。
猖獗を極めていた・・・。
まず、キッチンの床はシンクの上に直置きした食器収納棚に置いてあった普段使いのお気に入りの皿が全て落下して粉々に散乱しており、包丁スタンドに挿しておいた包丁がこれまた落下して床に突き刺さっており、ちょっと高い位置に置いてあったホーロー製の米櫃が落下して米が所狭しと散乱しており、冷蔵庫もあらぬ方向を向いておりました。
皿の破片を踏まぬようにリビングに至ると、左手に置いてあるDVDとCDを収納している100Kg以上はある重たいラックがソファに向かって倒れており(当然中身も散乱)、床に平積みしていた楽譜、書籍類は崩れ落ち、押入れに収納していた100冊強の文庫本も同様の状態になっておりました。
キッチン周りを片付け、リビング内を整理し終わると時刻は午前3時半になっておりました。疲労困憊ここに極まれり・・・。という顛末でございました。
確かに大変ではございましたが、東北地方の沿岸部に於いて大津波に見舞われ犠牲になられた多くの方々、九死に一生を得たものの家屋敷を失われた方々、福島第一原発事故により故郷を奪われた多くの方々に比したら・・・。推して知るべしですね。
先月の2月6日に発生したトルコ・シリア大地震は1923年の関東大震災、東日本大震災と同様のプレート境界型地震と判明しております。
地球という生きた星に生きている以上、地震という天災を完全に回避する術は無いという現実を受け止めなくてはならぬのですが・・・。合掌。

貴重な記録をありがとうございました。
今日は,これ以上のことは書きますまい。
やんなか様
コメントをいただき誠にありがとうございます。
あれから干支が一回りしてしまったわけですが、感覚的にはつい数年前のような気がまだします。
実はこの年の秋、某月某日に台風で都内の電車が尽く運行停止してしまって、かろうじて動いていた山手線で上野駅まで辿り着いたものの、その時点で総武線、京成線が全く動く気配が無かったため、上野から小岩まで歩いたのでした・・・。